―兼六園―
けんろくえん
石川県金沢市
特別名勝 1985年指定
けんろくえん
石川県金沢市
特別名勝 1985年指定
兼六園は金沢の中心部、金沢城に付属して作られた加賀藩の庭園である。庭園としては珍しく高台の上にあり、その敷地面積ははおおよそ3万坪。池や曲水を巧みに配した池泉回遊式庭園である。各所に名石や銘木、滝などの名所を持つ兼六園は、江戸時代を代表する大名庭園として岡山の後楽園、水戸の偕楽園と共に日本三名園の一つにも数えられている。

霞ヶ池と内橋亭
兼六園は、延宝4(1676)年、加賀藩五代藩主前田綱紀(つなのり)が金沢城の外郭にあった瓢(ひさご)池に蓮池(れんち)御亭を建て、その庭を蓮池庭(れんちてい)と名付けたのが始まりであるとされる。その後も歴代藩主に愛され続け、天保8(1837)年には13代藩主前田斉泰(なりやす)が霞ヶ池を拡張して庭を広げ、現在に近い形に作り上げた。

13代藩主斉泰が植えたとされる、根上松(ねあがりまつ)
兼六園という名が付いたのは、12代藩主前田斉広(なりなが)の時代である。斉広は寛政の改革で有名な老中、松平定信に庭園の命名を依頼する。定信は宋の詩人である李格非が記した「洛陽名園記」に書かれている名園の資格「宏大」「幽邃」「人力」「蒼古」「水泉」「眺望」の六条件を兼ね備えた庭、という意味を込めて兼六園という名を付けた。

曲水と、亀甲型の石を用いて作られた雁行橋
兼六園は高台に位置しているにも関わらず、園内は豊富な水を湛えている。この水はより標高の高い10km上流の犀川から辰巳用水という水路で引かれているもので、その高低差で生じる運動エネルギーを利用して高台の兼六園に引き揚げている。園内に入った水は、庭園内をぐるりと周る曲水を通ったのち、霞ヶ池に入る。霞ヶ池からは瓢池に流れ、そして水は街に出る。

石管を通して霞ヶ池の水を吹き上げる、日本最古の噴水
園内には日本に現存する最古の噴水があるが、これもまた高低差の位置エネルギーを利用して噴出させているもので、ポンプの類は一切使われていない。また、兼六園の水は伏越の理(逆サイフォンの原理)によって兼六園との間に掘られた百間堀を越え、金沢城二の丸にまで送られた。その水は堀の水や防火用水などとして利用されていたという。

兼六園に隣接する重要文化財の成巽閣
兼六園の南東には成巽閣という建物がある。これは13代藩主前田斉泰が母親の隠居所として建てたもので、一階部分は書院造、二階部分は数寄屋造りになっており、代表的な江戸末期の大名屋敷建築として重要文化財に指定されている。また、そのさらに南側には金城霊沢(きんじょうれいたく)という泉がある。これは金洗い沢とも呼ばれ、金沢という地名の由来となった湧き水である。
2007年7月訪問
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