―西芳寺庭園―
さいほうじていえん
京都府京都市
特別名勝 1952年指定
さいほうじていえん
京都府京都市
特別名勝 1952年指定
京都市右京区、松尾大社の近くに位置する西芳寺は、本尊を阿弥陀如来とする臨済宗の禅寺である。西芳寺は一般的に苔寺という通称で親しまれており、夢窓疎石が築いたとされるその庭園は、まるで絨毯のような緑色の苔に一面覆われており、他の寺院の庭園には無い独特の風情を見せる。

西芳寺庭園の中心、黄金池
寺伝によると、西芳寺の地はもとは聖徳太子の別荘であり、奈良時代の僧侶、行基がそこに西方寺を興したのが始まりであるとされる。しかしその後寺は廃れ、荒れ果ててしまった。それを復興させたのが夢窓疎石である。庭園設計の名手としても知られる夢窓疎石は、荒廃した西方寺に庭園を築き、禅寺、西芳寺として蘇らせた。

上段にある洪隠山(こういんざん)と呼ばれる枯山水の石組み
普通の枯山水とはまた違う趣を持つ
西芳寺の庭園は主に上段下段の二段から成っている。上段は枯山水の庭園で、現在もなお枯滝石組などの石組が残る。下段は黄金池を中心にした池泉回遊式庭園となっている。この黄金池は心字池とも呼ばれ、その名の通り心という字の草書体をかたどった池である。なお、この二段式の庭園は慈照寺(銀閣寺)庭園のモデルとなった。

極めて多い種類の苔が西芳寺庭園には生えている
西芳寺の庭園といえば、何と言っても苔である。庭園に一歩足を踏み入れると、辺り一面にびっしり広がる苔に目を奪われる。2000年に京都府が行った調査によると、西芳寺の庭園に生息する苔は121種類にもなるという。しかしながら、この庭園が造られた当時からこのような苔に覆われていたかというとそうではない。

苔の保護の為、西芳寺の拝観は事前申し込み制である
もともと西芳寺の庭園は通常の枯山水庭園であった。しかし西芳寺は1467年に勃発した応仁の乱によって建物を焼失、さらに谷筋に位置していることもあり、江戸時代に入るとたびたび洪水の被害にも見舞われてしまう。そうして荒廃していったことにより、江戸時代末期になると庭園に苔がむし、現在のような姿になったのだ。

西芳寺で最も古い建造物、千少庵ゆかりの湘南亭(重要文化財)
現在、西芳寺にある建造物はそのほとんどが大正、昭和に建てられたものだが、庭園内にある湘南亭だけは、夢窓疎石が作庭したその当時のものであるとされる。この湘南亭もまた一時は庭園と共に荒廃していたが、千利休の次男である千少庵によって再興された。また、現存はしないものの、かつてあった二層の楼閣建築である瑠璃殿は、鹿苑寺の金閣や慈照寺の銀閣のモデルとなった建物である。
2007年9月訪問
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